大年寺山─仙台藩最大の寺「大年寺」の遺産


        「東桑法窟」の額を掲げる大年寺惣門
我愛すべき仙台には“もはや歴史文化の風情ある森はほとんど残されていない”と思っていたが、タマゲルものがあった。
・市文化財HP http://www.city.sendai.jp/kyouiku/bunkazai/database/k0000000070.html

                 (仙台市野草園「絵灯篭展」)

その名も「大年寺山」には伊達家の霊廟を持つ大年寺があった。入口には江戸時代の建築である門が唯一残っている。

大年寺跡には壮大な階段を登る。

野草園のそばの樹齢500年!の「大年寺山の姥杉」(仙台市保存樹木)は「馬場の杉」ともいい、戦国時代、粟野氏の茂ヶ崎城の面影を伝えている。

「うろ」が風雪に耐えた歴史を感じさせるが、やつれも目立ち心配。

茂みの中に、仙台市名誉市民 一力次郎(河北新報社長)の碑「前進」。
その後ろの鬱蒼たる杉林が、黄檗宗の「三叢林」といわれた大年寺の跡。
太白区まちづくり推進協議会HP
http://taihakumachikyo.org/taihk/taihk188/index.html
石碑と土塁(右端)に往時を偲ぶ。
当時は「三叢林」の一つで国指定文化財になっている萩市東光寺のように威容を誇っていたと思われる。
萩市HP
 http://hagi.jp/~y-kaji/modules/xfsection/article.php?articleid=3
仙台藩四代藩主伊達綱村ほかの伊達家墓所は大年寺の一画。

合掌の後、門の格子から中を写さしていただいた。

一部が公園化されており(大年寺霊園の北側)、景色は抜群。

                (野草園のレストランから見た景色)

姥杉近くに風情がある「茂ヶ崎庵」(仙台市)がある。「定禅寺通りにあった明治期の建物を昭和42年に大年寺山公園内に移築して茶室としたもの」という。茶会に使われているとこと。中を見てみたいものだ。
太白区HP
http://www.city.sendai.jp/taihaku/soumu/guide/sisetu.html

テレビ塔のそばの野草園はよく知られたスポット。

           (池の水引)

              

          (サワギキョウ)

  もう枯葉が・・ 

鉄塔家族

鉄塔家族

この辺りが舞台という佐伯一麦の『鉄塔家族』・・読んでみたい。

               (案内図)

 蝋燭の揺らめきに幼い頃の思ひ出 蘇る
「絵灯篭展」5.6日のみ。ぜひお出かけください。

   野草園のお勧めは、緑を眺めながらのレストランの「季節のおにぎり」。

               (「萩まつり」ポスター)
10月3日は「市民月見の会」。少し早めにこられて、
「知られざる仙台江戸文化の風情の残る地」である大年寺山を散策されては、いかがでしょうか。
http://www.sendai-park.or.jp/web/new/new.html#y0909


謎の杉土手
鹿除土手(ししよけどて)

惣門の右脇の土手の上の杉林>。実は大年寺山から名取川まで6kmもあった。
「シシ(いのしし:猪、かのしし:鹿)の害から田畑や宅地守るために江戸時代に築かれた土手である。仙台の鹿除土手は仙台城を囲むかのように、青葉城丘陵の北と南の2か所で確認されている。南方のものが杉土手と称されており、鹿除土手の上に杉の木が植えられていたために、杉土手と呼ばれたものと考えられる。」(仙台市HPより) 仙台城の防衛ライン!?

江戸時代の土木遺産 農民と鹿・イノシシとの戦い、仙台城の外郭がここまで?と想いをいたせば、感激もの。

                               (山田市民センターの説明板)
・発掘で明らかになった鹿除土手(西多賀市民センターHP)
http://www.stks.city.sendai.jp/sgks/WebPages/taihakuku/36/36-08.htm
仙台市文化財HP
http://www.city.sendai.jp/kyouiku/bunkazai/iseki/k0000000060.html
・鹿除土手見学会(西多賀市民センターHP)
http://www.stks.city.sendai.jp/sgks/WebPages/taihakuku/36/36-09.htm
●大年寺山産の蜂蜜! 

・ブログ「すずちゃんのお天気クリップ」
http://skip.tbc-sendai.co.jp/tenki/chie/091013.html

感想
「仙台の街並みは広瀬川の恵みで生きてきた」とよくいわれる。それは確かである。
そして、実は大年寺山、青葉山(経ヶ峯を含む)、北山、台原、笹森といった低山のに見守られてきたのである。
この森はかって仙台城下町を囲んでいた青葉山から連なる鎮守の森の遺産であり、「杜の都」仙台の生命線

            (大年寺山のテレビ塔は仙台のランドマーク)
【地図】

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このことは近年、発見された十八夜観音堂奈良時代観音菩薩像が大年寺山の麓に祀られていたことを思い合わせると、いっそう、その思いは深まる。

山と川のはざまに、道ができ、人々のさまざな思いが積み重ねられてきた歴史
山・川の間に道ができ、「まち」ができていく構図は日本の各地にあてはまることですが、
仙台は古来、日本列島での耕土としやすい大きな平野の北限的位置にあるため、時の政権の注目するところとなり、東北地方の命運を左右するさまざなドラマの歴史を産み出してきました。
 仙台は今、そうとうに東京化されてしまいましたが、改めて「歴史的風格」を「発掘」し、「磨き」上げて魅力的な仙台を創っていくことが内外から求められているような氣がしています(090911)。

    (木の実のクマさんのお迎え 野草園にて)
【データ】
仙台市HP
http://www.city.sendai.jp/seicho/chosei/syosinhyoumei3.html
・野草園HP
http://www.sendai-park.or.jp/web/guide/info_yaso.html
・大年寺山Wiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%B9%B4%E5%AF%BA%E5%B1%B1
仙台市HP
http://www.city.sendai.jp/kensetsu/ryokka/midori100/guide/070/070.html
・両足山大年禅寺HP
http://www.dainenji.com/yuisho.html