洞口家住宅



家紋の付いた明治時代に建てた門

 
主屋は江戸時代に建てられ、全体が国指定重要文化財になっています。

すごい屋根構造です。

囲炉裏にあたりながらご主人の話と

昔話を聴きました。いい感じ。


江戸時代宝暦年間(1751〜1764年)の祈祷札が貼ってあります。

祈祷札は「宝暦 年 奉修不動尊・・ 如意成就祈祷」と不動明王でした

見上げれば

「年縄」 梁に一年ごとに縄を巻く。古い縄がたくさん巻きついている。

「たてのいえ」「たてやしき」と呼ばれる環濠屋敷。中世のにおい。堀をみたかった。

                                      (説明板)
昭和49年発行の『宮城の古民家』によると右方から主屋の後ろにかけて
風呂 便所 納屋 鳥小屋 土倉 隠居部屋が立ち並び
さらに長屋門の右手には馬屋 豚小屋 物置 月山大神 とスゴイです。
そして別家五軒がまわりに立ち並び そのほかに別家二軒 地名も中小路、近くに宿小路、、北小路
とかっての賑わいが偲ばれます。


昼食は赤貝丼 なかなかの味。

〇プレディスティネーションということで素敵な小さな旅(この他、バラ園・カーネーションハウスめぐり、りんくうタウンを通ってひる。これでメロンワインのお土産付き3500円とは安い!)でした。ただし、洞口家はゆっくり眺めたかった...
◎余禄
洞口家は家伝によると「先祖が前九年の役(1051〜1062年)に従軍して奥州に入り、文治五年(1189年)の奥州合戦で討死した成徳まで小野を称し、その子兵衛丞安成が姓を洞口と改め、大曲館主の小野左京太夫に従った」(『宮城県姓氏大辞典』)とする。
なお、仙台藩家臣には伊東丹後を祖とする小野氏がおり、北条氏の家臣で伊豆国伊東に住んで伊東氏を称したと伝えられるのは興味深い。